『成瀬は信じた道をいく』聖地巡礼 in 名古屋エリア|成瀬が目指した天下統一スタンプラリーをたどる!
宮島未奈が放つ大ヒット作『成瀬は信じた道をいく』の文庫版が、いよいよ2026年6月28日に発売される!
これを記念し、特別企画を発動!
題して、
『成瀬は信じた道をいく』聖地巡礼 in 名古屋エリア|成瀬が目指した天下統一スタンプラリーをたどる の巻
である。
「成瀬の聖地といえば近江(滋賀)の膳所。尾張(名古屋)など無関係であろう?」
と侮ることなかれ!
実は作中において、成瀬あかり、そしてお馴染みの手勢(キャラクター)たちが、この名古屋の地に堂々の進軍を果たしているのだ。
「天下統一スタンプラリー」
この言葉を聞いてニヤリとされた方は、かなりの手だれ(成瀬マニア)とお見受けする。
「まだ何のことか分からぬ」という初心の者も安心されよ。この記事を読めば、「なぜ大晦日に名古屋なのか?」という謎が綺麗に解き明かされるであろう。
- 成瀬あかりが挑んだ「天下統一スタンプラリー」の全貌
- 【名古屋城】成瀬の足跡をたどる名所&島崎たちが食した「金箔ソフト」実食レポ
- 【岐阜城】大晦日、成瀬が駆け抜けた美濃の険しき名城
- 【清洲城】ファンが熱く考察する「幻の進軍ルート」
- 【関ヶ原古戦場】成瀬がテレビ画面に見切れた(映り込んだ)決戦の地を捜索!
それでは、いざ出陣!
『成瀬は信じた道をいく』文庫化記念、聖地巡礼 in 名古屋エリア!
🎧 聖地巡礼のお供(軍師)に!
成瀬シリーズの聖地を巡るなら、【audiobook.jp】を携えていくべし! 他のサービスとは一線を画し、なんと総勢15名もの手だれ(豪華声優陣)がドラマ仕立てで成瀬の世界を完全再現! 耳に流し込むだけで妄想が爆発し、聖地巡礼の興奮が何倍にも跳ね上がる。圧倒的クオリティを誇る音のドラマと共に、いざ戦場(現地)へ赴くのだ! もちろん【Audible】でも問題ない。
Contents
『成瀬は信じた道をいく』の「天下統一スタンプラリー」とは?
我らが追う『成瀬は信じた道をいく』の最終話「探さないでください」において、成瀬あかりは「天下統一スタンプラリー」なる壮大なイベントのコンプリート(完全攻略)を目指し、大晦日の東海道を爆走しておる。
そもそも、この「天下統一スタンプラリー」とはいかなる催しか?
それは、天下分け目の「関ヶ原の合戦」から記念すべき425周年を迎える節目(作中における2025年)の、1月1日から12月31日までの一年間にわたって開催された一大スタンプラリーイベントなのだ。
その名の通り、激動の戦国時代に活躍した名だたる武将たちのゆかりの地を巡る、歴史の猛者たちにはたまらぬ趣向のイベントのようである。
成瀬あかりは、びわ湖大津観光大使の任務(キャンペーン)で全国各地を遠征するたびに、その規格外の行動力で各地の武将スタンプを確実に押し進めていたようじゃ。しかし、関ヶ原古戦場、美濃の「岐阜」、尾張の「名古屋」の地は、未踏の地として残されておったようだ。
ゆえに成瀬は、期限の最終日である「大晦日」という超極限のタイミングで、文字通りのラストスパート(電撃戦)を敢行したのである!
作中では、大晦日の「関ヶ原古戦場」から生中継されていたテレビ画面に成瀬が堂々と映り込んでいるのを、成瀬捜索班(島崎みゆきら)が偶然発見。
「あやつ、まさかスタンプラリーのために現地へ……!?」
とすべての点と線が繋がる、ファンなら誰もがクスッと笑ってしまう名シーンが描かれておる。
滋賀の本陣から東へと進軍し、最終目的地である東京(NHKホール)へと北上する成瀬の足取りを計算すると、そのルートは【関ヶ原古戦場】⇒【岐阜城】⇒【名古屋城】である可能性が極めて高い!
そう推測した我ら成瀬捜索班は、成瀬あかりを先回りして捕縛(確保)すべく、いざ、尾張の巨大要塞「名古屋城」へと急行するのであった――!
【名古屋城】成瀬あかりがコンプリートを目指した「天下統一スタンプラリー」の聖地
名古屋城_正門前の表札我ら成瀬捜索班がまず狙いを定めたのは、尾張の象徴、天下の名城「名古屋城」である。
成瀬あかりの足跡を追う前に、まずはこの地を攻略する上で絶対に外せぬ「5つの重要拠点(写真スポット)」を共有しておく。読者諸君も、現地を訪れる際はここを狙うべし。
<名古屋城・5つの必撮スポット>
- 天守閣(金のしゃちほこ)
- 本丸御殿
- 清正石(東二之門付近)
- 西北隅櫓(清洲櫓)
- 金シャチ横丁
以上、5つの拠点を順番に偵察(巡礼)していくぞ!
陣形を整えよ! いざ、名古屋城の偵察へ!
ここで改めて、名古屋城の戦術データ(基礎知識)を頭に叩き込んでおくべし。
| 項目 | 名古屋城の城郭データ |
| 城の種類 | 平城 |
| 築城年代 | 慶長15年(1610年) |
| 築城者 | 徳川家康 |
| 格付け | 日本三名城の一つ(他は大坂城、熊本城) |
さあ、正門にて軍資金500円(観覧料)を納付し、いざ城内へ進軍!
門をくぐると、さっそく「名古屋おもてなし武将隊」の姿が目に飛び込んできた。
「おお、そこの御仁! 我らと共に記念の写真を撮ってゆかぬか?」
な、何と気軽に写真を撮らせてくれると申すか……! ならば拙者も一枚……といかんいかん! 己の不覚に冷や汗が出るわ!
我らの最優先任務は「成瀬あかりの捜索」である。名古屋城の観光は、成瀬を無事に確保した後にゆっくりと愉しめば良いのだ。
💡 【豆知識】名古屋城 おもてなし武将隊とは?
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、前田利家、加藤清正、前田慶次といった、かつて天下に名を轟かせた英傑たちで構成される、観光客をおもてなしするプロフェッショナル集団。
名古屋おもてなし武将隊二之丸広場で披露される迫力の演舞(パフォーマンス)のほか、城内で不意に遭遇するチャンスもあるぞ。写真撮影にも快く応じてくれるゆえ、成瀬の捜索と合わせて周囲に目を配れば、巡礼の楽しさは倍増である!
🚨【成瀬捜索班】LINEグループチャット
城内に入った直後、我らの通信網(LINE)が慌ただしく動き出す――。
[島崎みゆき] 「みんな、名古屋城に着いた!? 成瀬の母親から聞いたんだけど、成瀬は『天下統一スタンプラリー』のために絶対に天守閣周辺に向かってるはず。各自、捜索をお願い!」
[呉間祐生] 「了解。僕は本丸御殿の方を見てまわるよ」
[貴殿] 「承知した! これより名古屋城の偵察を開始する。島崎、北川、呉間、かれん殿、そしてご両親。各々油断めさるな! 成瀬あかりの姿(あるいはスタンプ台付近の不審な動き)を発見次第、直ちにこのチャットへ一報を求む! ちなみに、おもてなし武将隊の前田慶次殿がめちゃくちゃ格好良いが、今は脇見厳禁である。いざ、天守閣方面へ進むぞ!」
名古屋城 天守閣・金のしゃちほこ
正門を抜け、本陣へと進むと……おお! 視界が開け、名城と名高い「名古屋城」がその雄姿を現したぞ!
新緑の木々の背後にそびえ立つ天守閣、実に映える(ばえる)光景である。雲一つない青き空との対比も見事。まずは遠目から、記念の一枚を収めておくべし。パシャリ。
名古屋城(遠目から)さらに歩みを進め、天守閣の直下へと肉薄する。
さすがは日本三名城が一角。間近で見上げる天守閣は迫力が違う。青空にその白壁が 実に映えますなぁ。
名古屋城_近めからそして刮目せよ!
天守閣のてっぺんに堂々と鎮座するは、天下にその誉れ高き「金のしゃちほこ」である!
名古屋城_金のしゃちほこ地上からの遠目とはいえ、大晦日の陽光を浴びて眩いばかりに輝いているのがハッキリと分かるぞ。
うーむ……しかし、これほど目立つ天守閣の周辺には、成瀬あかりの影は見当たらぬようだな。スタンプ台の気配もない。
ひとまずこの拠点の調査(記念撮影)を終え、次なるスポットへ転進することにしよう!
<本陣の記録(撮影スポット)>
- 新緑と青空に映える「名古屋城 天守閣」
- 天守閣の頂で輝く「金のしゃちほこ」
🏯 尾張の教養:金シャチの豆知識
「金のしゃちほこ」は、親しみを込めて「金鯱(きんしゃち)」や「金シャチ」とも呼ばれる。
名古屋城のそれは、木製のしゃちほこの上から「本物の金の板」を張り付けて作られた極めて豪華な仕様なのだ。
大坂城や岡山城、広島城などにも金シャチは存在するが、あちらは「金箔」を張ったもの。名古屋城の金シャチがいかに別格の財力で作られたかが分かるであろう。
ちなみに、この金シャチには「雄(オス)」と「雌(メス)」が存在し、北側が雄、南側が雌である。現地で見上げる際は、ぜひその違いも見極めてくだされ。
💡 歴史の裏話:しゃちほこの起源
天守閣のてっぺんに「しゃちほこ」を戴くという奇抜な意匠、実は織田信長公が始祖と言われているのだ。
信長公が寺院で使われていたしゃちほこを、自らの天下統一の象徴たる「安土城」の天守に飾った。これを見た各地の城主たちが「なんと格好良いのだ……!」と真似をし、日本中のお城に備え付けられるようになった歴史があるとか。
🚨【成瀬捜索班】通信網(LINE)
[貴殿]
「捜索班の諸君、天守閣および金シャチ周辺の捜索を完了した! 非常に美しい眺めであったが、成瀬の姿はなし。スタンプラリーのチェックポイントもここではないようだ。これより次の拠点『本丸御殿』へと進軍する。各自、警戒を怠るな!」
本丸御殿
天守閣の足元に広がる、名古屋城の新たな目玉がこの「本丸御殿」である。
本丸御殿何と、名古屋市と心ある民たちの寄進(寄付)により、総額150億円もの巨費を投じて見事に復元された、尾張の新たな象徴たる観光スポットなのだ。
平日の陣であれば待ち時間なく、すんなりと入城(観覧)できることも多いが、油断めさるな。土日祝日ともなれば、開城の午前9時と同時に「30分待ちの長蛇の列」が発生するほどの人気ぶりである。 ゆえに、この拠点を攻略するならば「開城と同時に、まずは本丸御殿から攻め落とす」のが最高の戦術(おすすめルート)と言えよう。
御殿の内部は実に美しく整備されており、一歩足を踏み入れればその豪華絢爛さに目を奪われ、見応えは十分! 名古屋城へ足を運ぶ際は、一度は見ておかねば生涯の不覚となる重要拠点である。
<本陣の記録(撮影スポット)>
- 威風堂々とした「本丸御殿の前」
- 豪華絢爛な「御殿の内部」(※フラッシュを焚かねば、写真に収めることも許されているぞ!)
うーむ、しかし、この眩いばかりの御殿の中にも、成瀬あかりの姿は見当たらぬようだな……。ここは速やかに次のスポットへ転進するとしよう。
🏯 尾張の教養:本丸御殿の歴史
本丸御殿は、かつて尾張藩主の格式高き住居、および政(まつりごと)を執り行う本陣として建てられた。
1945年(昭和20年)の戦火(空襲)により惜しくも焼失してしまったが、2009年(平成21年)に復元のこけら落とし(着工)を迎え、2018年(平成30年)6月8日にようやく全容の一般公開が始まったという、涙なしには語れぬ復活の歴史があるのだ。
🚨【成瀬捜索班】通信網(LINE)
[呉間祐生]
「捜索班のみんな、本丸御殿の内部をくまなく歩いてみたけど、成瀬さんの姿はなかったよ。あまりに綺麗で、ついつい障壁画に見とれてしまった……」
[貴殿]
「呉間殿、偵察かたじけない。150億円の御殿は確かに見事、見とれるのも無理はなきこと。こちらも合流し、次なる拠点『清正石』へと向かうぞ。各自、さらに警戒を強めよ!」
清正石(東二之門付近)
本丸御殿から北側へ向かってすぐ、天守閣へと続く道の傍らに鎮座する巨大な石――それこそが「清正石(きよまさいし)」である。
清正石何と、名古屋城のあまたある石垣の中で「最も巨大な石」と言われており、その推定重量は驚愕の10トン(約2,600貫)!
これほどの巨石を城内へと運び入れたのが、かの有名な築城の名手・加藤清正公であると言い伝えられていることから、その名がつけられた重要拠点である。
<本陣の記録(撮影スポット)>
- その圧倒的な大きさに圧倒される「清正石の前」
うーむ……しかし、ここにも成瀬あかりの姿(およびスタンプ台)は見当たらぬようだな。よし、記念の一枚を収めたら、速やかに次なるスポットへ転進ぞ!
🏯 尾張の教養:清正石の歴史ミステリー
「清正石」として観光客に絶大な人気を誇る撮影スポットであるが……読者諸君、ここで驚天動地の事実をお伝えせねばなるまい。
実は、「この巨石を運んだのは加藤清正ではない」というのが、現代における最有力な説なのだ!
その理由は実に明確。この東二之門付近の石垣普請(工事)を担当したのは、加藤清正ではなく、同じく豊臣子飼いの猛将「黒田長政(くろだながまさ)」であることが記録から判明しているからである。
つまり、清正公がこれ見よがしに巨石を運んだという話は、のちの世(近代)に創作された「幻の逸話」である可能性が極めて高い。
「本当の功労者は黒田長政である」という真実を胸に秘めながらこの巨石を見上げると、歴史の裏側に触れたような深い感慨に浸ることができるであろう!
🚨【成瀬捜索班】通信網(LINE)
[北川みらい]
「みんな、清正石のまわりを調べてみたよ! 10トンの石ってすごすぎます……! でも、成瀬先輩はいなかった。歴史好きの先輩なら、黒田長政のうんちくを語りながら現れそうだと思ったんですけど」
[貴殿]
「北川殿、報告かたじけない! 成瀬なら確かに『実はこれ、黒田長政が……』と大真面目に言い出しそうであるな(笑)。だがここにも居ぬとなれば、次は城の北西を守る要所『西北隅櫓』を睨む。貴殿も遅れず付いてこられよ!」
西北隅櫓(清洲櫓)
次なる偵察の地は、城内の北西の端にひっそりと佇む隠れた要所「西北隅櫓(せいほくすみやぐら)」である!
西北隅櫓(清洲櫓)名古屋城にはかつて多くの櫓(やぐら)が存在したが、この西北隅櫓は「三重三階(地下一階)」という、他のお城であれば天守閣に匹敵するほどの巨大さを誇る、国指定の重要文化財なのだ。
そしてこの櫓、別名を「清洲櫓(きよすやぐら)」とも呼ぶ。なぜその名がついたかと言えば、かつて織田信長公の居城であった「清洲城」の天守閣を解体し、その古材を再利用して建てられたと言い伝えられているからである。
ほとんどの一般観光客はここまで足を運ばずに引き返してしまうが、信長公や清洲城の魂が眠る、実に見応えのある曰く付きの要所(スポット)なのである!
うーむ……しかし、ここにも成瀬あかりの姿はなし。あのスタンプマニアめ、一体どこに潜んでいるのだ? 仕方がない、名古屋城最後の拠点として「金シャチ横丁」を捜索することにしよう!
🏯 尾張の教養:天下を揺るがした「清洲越し」の謎
「清洲越し(きよすごし)」とは、大御所・徳川家康公が画策した「大坂(豊臣家)包囲網」の総仕上げとして断行された、日本の歴史上でも類を見ない大規模な都市移転事業である。
関ヶ原の戦いで勝利を収めた家康公であったが、大坂城に鎮座する豊臣の権威は未だ天下の脅威であった。そこで家康公は、二条城、伏見城、彦根城、姫路城などで大坂城の周囲をガチガチに包囲。その最後の巨大な楔(くさび)として築かれたのが、この名古屋城なのだ。
驚くべきは、それまで尾張の中心だった清洲城を取り壊しただけでなく、武士も、町人も、寺社も、果ては「清洲」という町ごとそっくり名古屋へ引っ越しさせたという事実(とんでもない大事業)である!
かつて天下布武を掲げ、栄華を誇った織田信長公の象徴(清洲城)をあえて解体し、これからは「徳川の時代」であることを天下に誇示するための政治的道具として使われたのではないか――。そんな歴史の覇権争いに思いを馳せ、妄想を爆発させながら見上げる櫓は、最高にシビれるものがあるぞ!
🚨【成瀬捜索班】通信網(LINE)
[篠原かれん]
「みんな、西北隅櫓の方まで来てみたよ。観光客が少なくて静かだけど、なんだか歴史の重みを感じる場所だね……。でも、成瀬はここにもいなかった。大晦日だし、もうお城を出ちゃったのかな?」
[貴殿]
「かれん殿、辺境の地まで偵察かたじけない! 家康公の執念が詰まった櫓、実に見事であったな。成瀬の姿はなかったが、あやつが手ぶらで帰るとは思えぬ。城下の『金シャチ横丁』で美味いものでも食うておるやもしれん。貴殿も共に、最後の城下町捜索へ向かうぞ!」
金シャチ横丁(金箔ソフトクリーム)
名古屋城の包囲網、最後に抑えておくべき城下の要所がここ「金シャチ横丁」である。
成瀬がすでに城内にはいない(すでに次の目的地へ向かった)ことを察知した我ら成瀬捜索班の面々が、張り詰めた糸を緩め、のんびりと兵糧攻め(休憩)に打って出た思い出の場所なのだ。
ここで我らが食したのが、作中でお馴染みのキャラクターたちも舌鼓を打った天下無双の甘味、「金箔ソフトクリーム」である!
金箔ソフトクリーム<本陣の記録(撮影スポット)>
- これぞ尾張の贅の極み! 眩いばかりの「金箔ソフトクリーム」
この金箔ソフトは城下の両エリア(義直・宗春)のどちらでも食せるが、拙者としては地下鉄からのアクセスが良く、より活気と賑わいに満ちた「宗春ゾーン」の雰囲気を味わいながら食すことをお勧めするぞ。
🏯 尾張の教養:金シャチ横丁の二大陣営
金シャチ横丁は、2018年(平成30年)3月に産声をあげた巨大な商業城下町である。名古屋城の「外」に位置するため、城内の観覧料(500円)を払わずとも、誰でも自由に立ち寄れるのが嬉しいポイントなのだ。
ここは尾張徳川家の歴史に名を残す偉大な英傑から名を取った、2つの意匠(エリア)に分かれておる。
① 義直(よしなお)ゾーン【正門エリア付近】: 尾張藩の初代藩主・徳川義直公の名を冠した、伝統と格式ある純和風の佇まい。自家用車や乗合バス(市バスなど)で乗り付ける際は、こちらから攻めるのが定石である。
金シャチ横丁_義直ゾーン② 宗春(むねはる)ゾーン【東門エリア付近】: 絢爛豪華な文化を愛した7代藩主・徳川宗春公の名を冠した、現代的で華やかな佇まい。地下鉄の駅から徒歩で進軍する際は、こちらから城下へ入るのがお勧めである。
金シャチ横丁_宗春ゾーン🚨【成瀬捜索班】通信網(LINE)
[島崎みゆき]
「みんな、捜索お疲れ様! 成瀬はもう次のスタンプを押しに向かっちゃったみたいだけど、まずはこの『金箔ソフトクリーム』を食べて落ち着こう。これ、本当に金箔が丸ごと一枚のってて凄くない!?」
[貴殿]
「島崎殿、実に見事な金箔の輝きであるな……美味い! 名古屋城では成瀬あかりを捕縛(発見)することは叶わなかったが、画面の前の『貴殿』よ、ここで諦めて良いのだろうか?
いや、成瀬ならきっと、我らに向かってこう告げるはずだ。
『諦めたら、そこで試合終了ですよ…』と。」
[貴殿]
「……ハッ、己の不覚! 成瀬イズムに脳が侵食され、他作品の名将の名言を叫んでしまったわ!
だが、成瀬あかりはまだこの東海地方のどこかを疾走しているはず。
さあ、貴殿よ、兵糧(ソフトクリーム)も補給した。次なる目的地、成瀬が立ち寄った美濃の峻険たる名城『岐阜城』へ向かって――レッツゴーである!」
【岐阜城】大晦日の大移動?成瀬あかりが立ち寄ったもう一つの名城
我が成瀬捜索班が次なる狙いを定めたのは、美濃の険しき山城「岐阜城」である!
岐阜城『成瀬は信じた道をいく』において、成瀬あかりが「天下統一スタンプラリー」をコンプリートすべく立ち寄った、戦国史上きわめて重要な城なのだ。
作中の成瀬の正確な進軍ルートは【滋賀→関ヶ原→岐阜城→名古屋城】であったが、細かい順序は気にするな。今この瞬間も、天守閣のスタンプ台を目指して険しき金華山を自らの足で駆け上がっている(であろう)成瀬の背中に追いつくため、我らも気合を入れて登るぞ!
ここで、画面の前の貴殿へ、防衛線(大変残念なお知らせ)を共有せねばならぬ。 何と岐阜城は、天守閣等の改修工事のため2027年10月(予定)まで城内の見学(入館)が叶わぬ状態にあるのだ。
しかし、成瀬を捜索する目的において、城内に入れぬからとて退く理由にはならぬ。我らは成瀬を確保するためだけに、この峻険たる金華山を攻め落とす(登山する)としよう!
ちなみに、山頂へはロープウェーも通っておるが……我らが追うのはあの成瀬あかりである。「新幹線ではなく各駅停車で東京へ向かう」ような女が、文明の利器(ロープウェー)に頼るはずがなかろう。成瀬のルートをトレースするならば、我らも当然「登山(徒歩)」一択である!
各自、もちろんトレッキングシューズは持参してくれているな? 事前の通達(運営)がしっかりと行き届いておるようで、大変助かるぞ。
🗺️ 美濃攻略の兵站(公式HP・登山道データ)
金華山へ討ち入る(登山する)前に、以下の公式データを頭に叩き込んでおくべし。大晦日や年末年始は、各種メンテナンス等で状況が変わるゆえ、事前確認は必須である!
🔗 【金華山ロープウェー公式HP】
年末年始の運行状況やメンテナンス情報が網羅されておる。進軍前に必ず確認されよ。
→ [金華山ロープウェー公式HP]
🔗 【金華山の登山ルート・岐阜市公式HP】
金華山には主に4つの登山ルートが存在する。2026年から2027年にかけて登山道の整備が行われているため、どのルートが通行可能か、事前に岐阜市の触れ状(公式HP)を確認しておくのが兵法(安心)の基本である。
→ [金華山の登山ルート・岐阜市公式HP]
🏯 美濃の教養:岐阜城の歴史
岐阜城は、かつて「美濃の蝮(マムシ)」の異名で天下に恐れられた戦国大名・斎藤道三公の居城(本拠地)であった。
しかし、織田信長公の怒濤の美濃攻めによって陥落。信長公はここを「天下布武(武力によって天下を一つの家のように統治する)」の巨大拠点として定め、以後10年間にわたってこの地を治めたのである。
元々は「稲葉山城(いなばやまじょう)」と呼ばれていたが、信長公が手中に収めた際、中国の故事にちなんで「岐阜城」へと改名した歴史を持つ、まさに天下統一の出発点なのだ。
🚨【成瀬捜索班】通信網(LINE)
うーむ、息を切らせて山頂まで登り詰めたが、どうやら岐阜城の周辺にも成瀬の姿はなし。だが、ここで諦めるわけにはいかぬ!
我らの通信網(LINE)に、びわ湖大津観光大使にして成瀬の無二の相方・篠原かれん殿から、きわめて鋭い「献策(ヒント)」が飛び込んできた――。
[篠原かれん]
「わたしが運営だったら信長スタンプは名古屋じゃなくて清須にするのに」
(引用元:『成瀬は信じた道をいく』P.179、宮島未奈、新潮社)
[貴殿]
「かれん殿、実に見事な着眼点! そうだ、織田信長公の若き日の本陣と言えば、名古屋城ではなく『清洲城(清須城)』。スタンプラリーの公式ルートがどうあれ、あの成瀬あかりが清洲城をスルーして東京へ向かうとは到底思えん……。
画面の前の貴殿よ、成瀬は『清洲城』にいる! ……やもしれぬぞ! 直ちに尾張の清洲へ転進である!」
【清洲城】成瀬はここにも寄っていた!? ファンが考察する幻のルート
無二の戦友・篠原かれん殿の申す通りである。信長公のスタンプは、織田家飛躍の原点たる「清洲城(清須城)」にこそあるべきなのだ!
清洲城(公園側)というわけで、ファンが熱く考察する幻の進軍ルート「清洲城」へと討ち入り(到着)である!
東海地方には名だたる城郭が多く存在するため、ついつい見落とされがちな拠点ではあるが、この清洲城も間違いなくお勧めの名城なのだ。
何と言っても、五条川に架かる鮮やかな「大手橋(おおてばし)」と、その背後にそびえ立つ清洲城天守閣の対比が、息をのむほどに美しい!
清洲城(大手橋側)大手橋の鮮烈な「赤」と、天守閣の引き締まった「黒壁」、そして最上階の欄干(赤い柵)が青空に 実に映える!
名古屋城や岐阜城に比べれば、観光地としての規模こそ小ぶりではあるが、その視覚的な美しさは「日本でもトップレベル」であると拙者は確信しておるぞ。
うーむ……しかし、ここにも成瀬あかりの姿はなし。やはり公式のスタンプラリーに忠実に動いておるのか。となれば、残された目的地はただ一つ。天下分け目の大決戦が繰り広げられた、あの地しかあるまい!
🏯 尾張の教養:「清洲」と「清須」の歴史ミステリー
ここで、地名に関する非常に興味深い「尾張の逸話」を紹介しておこう。
現在は「清須市」という表記になっておるが、合併前は「清洲町」であった。2005年に西枇杷島町、清洲町、新川町の3町が対等合併した際、仮に「清洲市」としてしまうと、他の2町が清洲町に吸収されたような印象を与えてしまう。そこで周囲への配慮(大人の事情)から、文字を変えて「清須市」とした歴史があるのだ。
ちなみに信長公の時代は「清洲」と「清須」の文字が混在しており、最も古い文献を紐解くと、実は「清須」の表記の方が多かったというから面白い。
なお、先ほど名古屋城の偵察で述べた通り、当時の清洲城の木材は、名古屋城の重要文化財「西北隅櫓(清洲櫓)」として令和の今も現役で生き続けておる。家康公の「清洲越し」によって取り壊された悲運の城ではあるが、皮肉にもその魂(古材)が、宿敵であったはずの徳川の大城郭の一角として現代まで残り続けている――。そう思うと、何とも言えぬ歴史の因果と感慨深さ(ロマン)に包まれるであろう!
🚨【成瀬捜索班】通信網(LINE)
[成瀬の母] 「みんな、大晦日なのに清洲城まで探してくれて悪いねえ。うちのあかりがバタバタと大ごとにして本当にごめんなさい。あの様子だと、もう次の場所に移動してると思うわ……」
[貴殿] 「成瀬の母上、お気になさるな! 我ら捜索班、あかり殿を確保するまで一歩も退く気はございませぬ! 清洲城は空振りに終わりましたが、これで成瀬の次の足取りが完全に読めました。 成瀬が目指した『天下統一スタンプラリー』最後の関門。東海道をさらに西へとさかのぼり、東軍・西軍が激突した運命の地へ向かうぞ。 いざ、【関ヶ原古戦場】へ出陣である!!」
【関ヶ原古戦場】成瀬がテレビ中継で見切れた現場を捜索せよ!
関ヶ原古戦場_決戦地時は2025年12月31日、大晦日――。
そもそも我ら捜索班が成瀬あかりの居場所を特定できたのは、この「関ヶ原古戦場」から生中継されていたテレビ画面の端に、あやつの姿が堂々と映り込んで(見切れて)いたことが発端であった。
「おいおい管理人殿、2025年の大晦日にそこにいたのなら、令和8年(2026年)の今、もうそこにいるわけがなかろう」
画面の前の貴殿、その正論は実にもっともである。
しかし、相手はあの成瀬あかりなのだ。
あやつがスタンプを一つ押すためだけに、わざわざこの天下分け目の決戦地まで足を運び、そのまま素直に東京へ向かうとお思いか?
否っ!断じて否っ!
成瀬ならば、間違いなく脳内で以下のように軍略を組み立て、暴走しておるはずだ!
「せっかく関ヶ原古戦場まで来たのだから東軍西軍それぞれの史跡巡りもしないと勿体ないまずは東軍の家康陣営の史跡巡りから行こうしかしものすごい距離だな全部回ろうとすると100km以上あるではないかこれでは流石に徒歩は無謀だレンタサイクルを利用しよういやしかし私は自転車に乗れないのであったこんな時が来るとは小学生の時に練習をしておくべきだった後悔しても始まらない仕方ないので徒歩で史跡巡りに行くとしよう」
……と。
そう、あやつはキャスターボード(リップスティック)は乗りこなせても、二輪の自転車には乗れぬのだ! 100km以上の史跡をすべて徒歩で巡っておるのだとすれば、計算は合う。今なお、西軍の要所「松尾山」のあたりを汗だくで歩いている……やもしれぬぞ!
🗺️ 関ヶ原攻略の兵站(記念館データ&極意)
我らも成瀬の足跡を追うべく、まずは関ヶ原攻略の本陣たる施設へと進軍する!
🔗 【関ケ原古戦場記念館】
2020年(令和2年)10月に産声をあげた、最新鋭の体験型歴史博物館である。
関ヶ原古戦場記念館合戦で大暴れした武将たちの歴史的武具の展示はもちろん、大迫力の体験型シアターなどのコンテンツが目白押し! 歴史好きの猛者はもちろん、ゲーム等から入った初心者でも心から愉しめるアミューズメントパークじゃ。食事処やお土産処も完備されており、半日は余裕で戦える(楽しめる)ぞ!
→ [岐阜関ケ原古戦場記念館公式HP]
🚲 関ヶ原古戦場の正しい戦い方(楽しみ方)
記念館を起点として、周辺に点在する「関ヶ原の合戦」の史跡(開戦地・決戦地など)を巡るのが王道ルートである。
近場であれば徒歩でも進軍可能だが、成瀬と違って自転車に乗れる貴殿には、断然「レンタサイクル」の徴用をお勧めする!
レンタサイクルで借りた自転車4時間で660円という極めて良心的な軍資金(価格設定)で使い勝手も抜群。記念館のほか、「JR関ヶ原駅」前の観光案内所でも借り受けることが可能じゃ。
JR関ヶ原駅前の観光案内所自転車に跨り、関ヶ原の美しい田園風景と、緑豊かな山々を五感で casual に愉しむサイクリング……これぞ至高。
関ヶ原の自然豊かな田園風景あらかじめ進言しておくが、それぞれの陣跡は「石碑がぽつんと建っているだけ」の至って質素な構えゆえ、過度な期待は禁物である。
関ヶ原古戦場_島津義弘陣跡それよりも、現地で想像力の翼を限界まで広げ、
「慶長5年(1600年)、まさにこの地で福島正則が死闘を繰り広げ、小早川秀秋が裏切り、大谷吉継が無念の死を遂げ、島津の退き口(敵中突破)が炸裂したのだなぁ……」
と歴史の波に物思いにふける。これこそが、この地を訪れる手だれ(巡礼者)の最大の愉しみ方と言えよう。
関ヶ原古戦場_開戦地⚠️ 斥候からの報告:関ヶ原の「熊情報」に警戒せよ!
(熊が今にも出そうな雰囲気のある大谷吉継の墓へ続く山道の写真)
関ヶ原古戦場_大谷吉継の墓へ続く山道史跡巡りを始める前に、記念館や観光案内所で必ず「行軍マップ」を入手されよ。その際、案内所のスタッフ(斥候)から最新の熊の目撃情報を聞き出しておくのが身の安全を守る兵法である。
拙者も熊との肉弾戦は絶対に避けたいため、入念に情報収集を行った。その結果得られた貴重な報告(防衛データ)が以下である!
- そもそも関ヶ原の山には古くから熊が出没する: 地元の民は慣れっこゆえ、いちいち大騒ぎはせぬ。
- 国道より内側(町側)の平地には、熊は滅多に出没せぬ。
- 国道より山側の史跡(大谷吉継の墓、黒田長政・竹中重門陣跡など)は要注意!
特に西軍の義の武将・大谷吉継公の墓所は屈指の人気スポットであるが、徒歩で鬱蒼とした山道を登る必要があり、常に熊との遭遇リスクが付きまとう。ゆえに、熊を恐れた拙者は、吉継公の墓巡りも長政殿の陣跡も、涙をのんで断念(戦略的撤退)した次第である。貴殿が挑む際はくれぐれも油断めさるな!
🚨【成瀬捜索班】通信網(LINE)
[島崎みゆき]
「みんな! たった今、東京の紅白歌合戦の会場(NHKホール)にいるスタッフから連絡があったの! 成瀬の行方が分かったよ!!」
[貴殿]
「な、何と!? 関ヶ原の山中を大捜索しても見つからぬはずだわ! 島崎殿、あやつは一体どこで何を企んでおるのだ!?」
[島崎みゆき]
「……成瀬ね、紅白歌合戦の『けん玉ギネス世界記録挑戦』のエキストラとして、今まさにステージの裏で出番を待ってるって……!!」
[貴殿]
「け、けん玉のエキストラだとーーー!? あやつ、スタンプラリーのついでに紅白の舞台まで攻め落とす(天下を取る)つもりかーーー! 完敗である……我ら成瀬捜索班、これにて撤退ーーー!!」
【完】
やっぱり聖地巡礼の原点!滋賀県大津市・膳所へも足を延ばそう
『成瀬は天下を取りにいく』から『成瀬は信じた道をいく』へと物語が進軍を続けても、やはり成瀬あかりの絶対的な本陣(聖地)は、「滋賀県大津市・膳所(ぜぜ)」を置いて他にない!
琵琶湖の湖岸今回の特別企画では、天下統一スタンプラリーの舞台となった「名古屋・岐阜エリア」を中心に案内してきたが、もし画面の前の貴殿が「まだ原点の近江(滋賀)エリアを巡礼しておらぬ」というのであれば、ぜひとも大津の地へ足を運んでいただきたい。
我が本陣(ブログ)では、かつて拙者が己の足で踏破し、大津から京都へいたる成瀬の足跡を徹底的に記録した「聖地巡礼の完全攻略書(過去記事)」を公開しておる。
これから聖地へ出陣するにあたり、これ以上ない完璧な道標(ガイド)となるはずじゃ。ぜひこちらも合わせて熟読し、成瀬シリーズの世界へさらに深く没入されよ!
👇 あわせて読みたい!近江・山城攻略の書
【成瀬シリーズの聖地巡礼】滋賀エリアから京都エリアまで完全網羅の巻!
これらをすべて制覇したとき、貴殿の「成瀬愛」は天下を統一するほどに高まっていること間違いなしである!
まとめ|成瀬あかりの足跡を追って、愛知・岐阜・滋賀の聖地を駆け抜けよう!
尾張・美濃を股にかけた「天下統一スタンプラリー」を巡る大遠征、これにて一通りの偵察(聖地巡礼)を完了とする!
まさか成瀬あかりを追って名古屋城の金シャチを見上げ、150億円の本丸御殿に驚き、10トンの清正石の歴史ミステリーに触れ、金華山の峻険なる山道をトレッキングシューズで攻め上がることになるとは、誰も予想だにしなかったであろう。
そして、ファンが熱く語り合う「幻の清洲城ルート」にロマンを馳せ、辿り着いた決戦の地・関ヶ原で「熊出没」の恐怖に慄きながら、最後はまさかの「東京・紅白歌合戦でのけん玉エキストラ」という衝撃のオチ。まさに、我らの想像の斜め上を光速で突き抜けていく「成瀬イズム」の真骨頂を全身で体感する旅であった。
成瀬あかりは、いつだって大真面目に、己の信じた道を突き進んでいく。
文庫版『成瀬は信じた道をいく』が発売される今こそ、我らもその熱きソウルを胸に、聖地へと出陣する最高の好機(タイミング)なのだ!
🎒 いざ、聖地巡礼の旅へ出陣される貴殿へ
現地へと赴く読者(貴殿)の健闘を祈り、本陣より最後の軍略(アドバイス)を授けよう。
- 兵糧(実用情報)の確認を怠るな!
岐阜城の改修工事(2027年10月まで予定)や、金華山ロープウェーの年末年始メンテナンス、登山道の整備状況などは、事前に公式の触れ状(公式HP)で必ず確認してから進軍すべし! - 関ヶ原の「熊情報」には最大級の警戒を!
大谷吉継公の墓所など山側の史跡を攻める際は、案内所で必ず斥候(スタッフ)の報告を聞くのじゃ。無理をせぬ「戦略的撤退」も立派な兵法である。 - 最強の軍師(audiobook.jp 又は Audible)を連れてゆけ!
ただ歩くだけでは勿体ない。総勢17名の豪華声優陣が織りなす【audiobook.jp】の圧倒的クオリティのドラマを耳に流し込み、妄想を爆発させながら歩くことこそ、聖地巡礼を120%愉しむ極意なり! 【Audible】でも勿論かまわん。どちらも『成瀬は信じた道をいく』は、聴き放題じゃ。
さあ、陣形を整え、トレッキングシューズの紐を固く結び直せ。
原点たる滋賀・膳所の地はもちろん、成瀬が駆け抜けた東海の名城たちが、貴殿の討ち入り(訪問)を待っておるぞ!
それでは――いざ出陣じゃーーー!!
最後まで(戯れに)お付き合い頂きありがとうございました。


