森見登美彦『太陽の塔』はどこまで実話?ラストの結末がモヤモヤする理由を徹底考察!
森見登美彦さんの記念すべきデビュー作であり、今なお色褪せない名作『太陽の塔』。
『夜は短し歩けよ乙女』や『四畳半神話大系』など、数々の人気作から遡って本作を読んだ方も多いのではないでしょうか。
しかし、読み終わったあとに、こう思った方も少なくないはず。
「……あれ? 結局ラストはどうなったの? なんだかモヤモヤする!」
古風で絢爛な「森見節」は最高に心地よいものの、どこからが現実でどこからがファンタジー(妄想)なのか境界線が曖昧で、主人公「私」の心情もこじれにこじれていて、良い意味で非常に難解な小説ですよね。
そこでこの記事では、『太陽の塔』を愛してやまない管理人が、読者を悩ませる数々の謎を徹底考察します!
- 作中のエピソードや「四天王」はどこまで実話(リアル)なのか?
- 終盤の「ええじゃないか」騒動が意味するものとは?
- ラストの結末で「私」は本当に水尾さんと結ばれたのか?(驚きの新説も!?)
- 小説で悶々とした人におすすめしたい「漫画版」での答え合わせルート
この記事を読めば、あなたの四畳半に漂うモヤモヤがすっきり解消し、もう一度ページをめくりたくなること間違いなしです。
まずは気になる「実話の背景」から紐解いていきましょう!
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Contents
『太陽の塔』は実話? 森見登美彦の京大時代との関係を考察!
森見登美彦『太陽の塔』(文庫本)小説『太陽の塔』に登場する不毛なエピソードや、一癖も二癖もある登場人物たち。
妙に具体的で生々しいと感じたことはありませんか?
実はこれ、著者である森見登美彦さんのリアルな学生生活に基づいて書かれているのです。
『太陽の塔』は、実話に基づいたフィクション
『太陽の塔』が、森見氏の大学時代の実話(リアル)をベースにした創作であることは、ファンの間では有名な話です。
ご本人も、「京大時代のネタはすべて『太陽の塔』で書き尽くしてしまった」と公言されているほど。
実際、本作以降の『四畳半神話大系』や『夜は短し歩けよ乙女』を紐解くと、いたる所に『太陽の塔』のDNAを感じる描写が散りばめられています。
- 『太陽の塔』:叡山電車
➡ 『夜は短し歩けよ乙女』:李白の三階建て電車、『有頂天家族』:偽叡山電車 - 『太陽の塔』:四天王メンバーで結成しようと企てた幻のサークル「男汁」
➡ 『夜は短し歩けよ乙女』:学園祭で黒髪の乙女が食す「おとこ汁ー黒いアンチクショウ」
※「黒いアンチクショウ」の正体が気になる方は、ぜひ『夜は短し歩けよ乙女』文庫本のP.188を開いてみてください。当ブログのこちらのページでも紹介しています!
➡ 【『夜は短し歩けよ乙女』登場人物と相関図まとめ】
エッセイから紐解く!作中の阿呆ども「四天王」は実在した!?
本作の主軸を担う、不毛極まりない男たちの集まり「四天王」。
飾磨(しかま)を筆頭に、「私」、高薮、井戸の4人が集い、互いの足を引っ張り合う阿呆の系譜です。
実はこの4人、実在の友人たちをモデルにしていることが森見氏によって明かされています。
特に強烈な印象を残す「飾磨」のモデルとなった人物は、森見氏と特に親交の深いご友人。
現在はなんと、立派な弁護士として活躍されているというから驚きです。
このあたりの舞台裏や小気味いいエピソードは、森見氏のエッセイ集『太陽と乙女』にたっぷりと収録されています。
作品の背景をのぞき見できるだけでなく、寝る前の読書本としても最高に心地よい名著ですので、「まだ読んだことがない」という方はぜひ四畳半のお供にどうぞ。
ちなみに、主人公である「私」のモデルは森見氏ご本人。
単行本版では「森本」という名前で登場していましたが、文庫化にあたって「私」へと変更された経緯があります。
<主人公の“名前”に隠された妄想>
ここで少し余談を。森見作品では、主人公のモデルがご本人を彷彿とさせるケースが多々あります。
例えば、私の大好きな『恋文の技術』の主人公は「守田 一郎(もりた いちろう)」。これも「もりみ」の響きをもじって付けられた名前ではないでしょうか。「一郎」という極めてシンプルな名付けも、「とりあえず仮でつけた名前がそのまま主役に居座ってしまった感」があって愛おしいですね(※あくまで個人の妄想です)。
この『恋文の技術』で繰り広げられる守田くんの手紙の数々は、私の中で「生涯で一番笑った小説ランキング第1位」に君臨する傑作です。こちらも未読の方はぜひ。一度読めば、何度も読み返したくなること請け合いです!
こちらの記事で、レビューしていますので、ご興味がありましたらご覧ください。
➡【『恋文の技術』あらすじと感想|森見登美彦が描く「阿呆の文通」に隠された極意とは?】
『太陽の塔』のあらすじと強烈な登場人物たち
『太陽の塔』は、森見登美彦さんの記念すべきデビュー作として有名ですね。
私はこれまで『夜は短し歩けよ乙女』を皮切りに、『四畳半神話大系』『四畳半タイムマシンブルース』『恋文の技術』『有頂天家族』『ペンギン・ハイウェイ』と読み進め、満を持してこの出発点に辿り着きました。
読み終えた率直な感想は、
「これは好き嫌いが分かれる作品だろうなぁ」
というものです。
古風で絢爛な文章はお馴染みの「森見節」なので心地よいのですが、とにかく主人公の心情がこじれにこじれていて先が読めない(笑)。良い意味で非常に難解な小説だと感じました。
しかし、難解であればあるほど、裏に隠された意味を求めて何度も読み返したくなるのが森見作品の恐ろしい魅力。
個人的にはやはり「森見作品、最高!」と叫ばざるを得ません。
あらすじ
主人公の「私」は、大学5回生を休学中の京大生。
彼は今、元カノの行動をストー……いえ、「水尾さん研究」と称して夜な夜な観察(追跡)を続ける不毛な毎日を送っています。
彼女にはフラれ、研究室には居場所がなく、かといって社会に出る勇気もない。
そんな絶望的とも言える四畳半の現状において、悪友たる「四天王」たちと共に、崩れそうな自尊心を保つべく世間の荒波(主にクリスマス)に全力で抗う青年たちを描いた、愛すべき失恋暴走物語です。
(特に、かつて就職氷河期と呼ばれた世代の鬱屈とした空気感にも、妙にピンポイントで刺さる物語となっています。)
登場人物と相関図
初めに、彼らの不毛極まりない人間関係の全体像を相関図でご覧ください。
『太陽の塔』登場人物と相関図相関図を踏まえた上で、作中を彩る強烈なキャラクターたちをご紹介します。
「私」(主人公)
大学5回生で現在休学中。偏屈で自尊心が高く、それでいて驚くほど臆病。元カノへの未練を「研究」と言い張る、相当に厄介な腐れ大学生。「四天王」の一人。
飾磨 大輝(しかま だいき)
「夢をなくしちまった男」。四天王のリーダー的存在であり、頭脳明晰にして孤高の戦士。常に何かと戦っている。
高薮 智尚(たかやぶ ともなお)
鋼鉄製の髭にまみれた心優しき巨人。その怪獣のような風貌に似合わず、頭脳明晰で議論を好む四天王の一人。
井戸 浩平(いど こうへい)
「法界悋気(ほうかいりんき=やきもち)の権化」。他人の幸せを人一倍妬み、そして自分はよく凹む四天王の一人。
水尾さん(みずおさん)
「私」の1年後輩であり、元カノ。掴みどころのない天然少女。なぜかあの「太陽の塔」に激しく惹かれている。
植村嬢(うえむらじょう)
通称「邪眼」。「私」の周りによく現れる「私」の天敵。彼女に睨まれると、借りてきた猫のように縮こまるしかない強烈な女性。
遠藤 正
大学3回生。水尾さんに想いを寄せ、彼女を遠目から観察する男。自主制作の映画を撮りながら、独自の行動力で物語をかき乱していく。
海老塚先輩
水尾さんにフラれた「私」の1年先輩。「男の中の男」を目指す暑苦しい人物であり、当然ながら「私」とは相性が最悪。
まなみ号
「私」の自転車(愛車)。名前の由来は、森見登美彦氏が女優の本上まなみさんの大ファンであったことから。
『太陽の塔』のラストを読んで結末が分からずモヤモヤするのは、森見氏の狙い通り?
その大きな原因として、読者の前に立ちはだかる「2大謎」の存在があります。
- 「ええじゃないか」騒動とは何だったのか?
- 最終的に「私」は水尾さんと結ばれたのか?
読後、四畳半の天井を見上げて悶々としているあなたのために、この2大謎を徹底的に考察(という名の妄想)を交えて紐解きます!
考察①:街を埋め尽くす「ええじゃないか」騒動が意味するもの
終盤、京都の街を埋め尽くす奇妙な狂乱「ええじゃないか」騒動。
これについて、私の意見はこうです。
あの騒動は、主人公の心から「どうでもええわけがない!」という本音を引き出すための前振りだったのではないでしょうか。
「私」は、水尾さんから一方的に別れを切り出されました。その時「私」は、至極紳士的にそれを受け入れた(つもりになっていた)。自分は少しも傷ついてなどいないとうそぶき、未練を隠すように「水尾さん研究」という大層な名目の観察に没頭します。
「たかが一つの失恋。終わってしまったものは、もう『ええじゃないか』」
そうやって自分の心の蓋を閉ざし、言い聞かせていたのでしょう。
しかし、本当の自分がそんな諦めに納得しているはずがありません。
「どうでもええわけがない!」
なぜ私を振ったのだ。何が悪かったのだ。どうすれば良かったのだ――。
自問自答の果てに、明確な答えは出ません。でも、これだけは魂に刻まれている。「私」は彼女を愛していたし、おそらく今も愛している。
どうでもええわけがないのです。
そんな青年の、未練がましくも涙ぐましい心境の爆発。
それこそが、街を呑み込んだ「ええじゃないか」騒動の正体だったのではないかと私は思うのです。
同じように失恋で胸を痛めたことのある人なら、このシーンは痛いほど共感できるはずです。
考察②:あの「ラスト(結末)」で、本当に水尾さんと結ばれたのか?
読者の間で最も意見が分かれるのが、
「私は水尾さんと寄りを戻したのか?」
という点です。
結論から言うと、
「残念ながら正解は無い。読者の数だけ結末がある」
というのが、森見氏の用意した答えではないでしょうか。
原作の最後は、このように締めくくられています。
”そこから先のことを書くつもりはない。
大方、読者が想像されるような結末だったようである。”
(『太陽の塔』文庫本P.230~231より引用)
「読者が想像されるような結末」という、あまりにもニクい突き放し方。
「モヤモヤするから白黒はっきりつけて!」と言いたくなる気持ちも分かりますが、こういう余白があるからこそ、読んだ後も物語が心に棲みつき続けるのかもしれません。
ちなみに、私が想像(妄想)した結末は、一般的なハッピーエンドとは一線を画す、以下のようなものです。
- 水尾さんとの復縁はならなかった。
- しかし、その後に天敵である「邪眼(植村嬢)」とお付き合いすることになった。
いや、聞いてください。私は彼女が初めて登場したとき、直感的に
「あ、主人公はこの邪眼の女性と付き合うな」
と(なぜか)思ったのです。
作中では恋愛関係になる素振りすら見せずに物語は終わってしまいましたが、ここで冷静に作中の関係性を振り返ってみてください。
水尾さん ➡ をストーカーする 「私」
「私」 ➡ をストーカー(観察)する 「遠藤」
「遠藤」 ➡ をストーカーする 「飾磨」
これだけでも京大生による「不毛なストーカー数珠繋ぎ」として秀逸なのですが、ここに私の仮説(妄想)を加えるとこうなります。
「私」 ➡ を熱烈にストーカー(注視)していた 「邪眼(植村嬢)」
……こう考えると、めちゃくちゃ面白くないですか!?
単なる「元カノへのストーカーストーリー」(変なダジャレになってしまいました…)かと思いきや、実は水尾さんの背後で4人の怪しい京大生たちが数珠繋ぎになって絡み合う、極めて「高度でカオスなストーカーストーリー」だったわけです。
つまり、邪眼が「私」に向けるあの恐ろしい蛇の目は、怯える「私」への裏返しの愛(好意)だったのではないか……というのが私の見解です。
以上、妄想を拗らせた管理人による、斜め上のラスト考察でした。
スタジオにお返しします!
小説版で悶々とした人へ! 漫画版『太陽の塔』で驚きの答え合わせ?
初めにとびきりの結論をお伝えすると、漫画版の『太陽の塔』も、小説に負けず劣らず最高に面白いです。
特に、以下のようなモヤモヤを抱えている方には全力でおすすめします。
- 原作小説のファンで、もっとディープに『太陽の塔』の世界に浸りたい人
- 小説版を読んだものの、ぶっちゃけ「何が良いのかよく分からなかった……」という人
『太陽の塔』を極めるなら漫画版も読むべし!
かしのこおり先生が作画を手がけた漫画版『太陽の塔』は、ハッキリ言って名作です。
まず、絵のタッチが素晴らしい。
落ち着きのある、どこかノスタルジックな画風で、京都の街並みや原作の持つ独特な空気感が見事に再現されています。
誠に勝手ながら、登場人物の顔を拝めるというのも最大の魅力です。
小説を読みながら脳内で必死に想像していたキャラクターたちが、生き生きとした姿で目の前に現れる。
あなたの頭の中にいた彼らと、漫画版のキャラが一致しているか「答え合わせ」をするだけでも、ファンとしては至福の時間になります。
(ちなみに私は、頭の中で想像していた「飾磨」の顔と全然ちがっていて、思わず笑ってしまいました!)
小説で悶々としているなら漫画版で答え合わせがオススメ!
森見登美彦作品の中でも、このデビュー作『太陽の塔』は、「現実世界」と「ファンタジー(妄想)の世界」の境界線が非常に曖昧な作品です。
地続きの現実を歩いていると思ったら、いつの間にか奇妙な空想世界に迷い込んでいる……なんて展開が多々あるため、初見の読者はかなり混乱しやすい傾向にあります。
そこで救世主となるのが、この漫画版です。
コミカライズにあたり、「ここは現実の話」「ここからは仮想空間(脳内ファンタジー)」という境界が、視覚的にとても分かりやすく描き分けられているのです。
「あ、小説で読んだあのシーンは、こういうファンタジーの演出だったんだ!」
と、漫画版を読んで初めて点と線が繋がった部分もたくさんありました。
個人的には、「まずは小説版を読んで悶々とし、その後に漫画版をめくって驚きの答え合わせをする」。
これこそが、『太陽の塔』を2倍楽しむ最高のルートだと思っています。
漫画版の第3巻には森見登美彦さんの「あとがき」特典も!
漫画版『太陽の塔』の最終巻(第3巻)には、ファンなら絶対に見逃せない森見登美彦さんご本人による「あとがき」が特別収録されています。
ぶっちゃけ、この数ページのためだけに3巻を買う価値があります。
このあとがきが、実にとてつもなく深いのです。
詳細な中身はぜひご自身の目で確かめていただきたいのですが、そこには森見氏の「学生時代のリアルな苦悩」が赤裸々に綴られています。
森見氏と同年代の方や、同じように時代の荒波(いわゆる「就職氷河期」)をサバイブしてきた世代の方には、特に深く突き刺さるメッセージとなっています。
こうした原作者の生の声を聴けるのもコミカライズ版の醍醐味。
読む前よりも、森見登美彦という作家のことがますます好きになるはずです。
まとめ|『太陽の塔』の阿呆らしくも愛おしい世界をもう一度!
今回は、森見登美彦氏の原点にして不朽の名作『太陽の塔』について、実話の背景から結末の謎、そして漫画版の魅力まで徹底的に考察(と妄想)を重ねてきました。
最後に、この記事の重要ポイントを振り返ってみましょう。
- 『太陽の塔』は実話?
森見氏の実際の京大時代の空気感や、つるんでいた友人たち(四天王)が色濃く投影されたリアルベースのフィクション! - 「ええじゃないか」騒動の意味
失恋の痛みに蓋をしようとした主人公が、自分の本音(どうでもええわけがない!)を爆発させるための、切なくも熱い心象風景。 - ラスト結末の真相
はっきりとした正解はなし! 読者の数だけ結末がある(管理人イチオシの「邪眼ヒロインルート」という高度なカオスも……!?)。 - 悶々としたら漫画版へ
かしのこおり先生の美しい作画で現実とファンタジーの境界がスッキリ分かりやすく、3巻には森見先生の深い「あとがき」特典付き!
読み終わったあとに残るあの独特なモヤモヤ感こそが、実は森見先生が仕掛けた「物語が心に棲みつき続ける魔法」だったのかもしれません。
小説版をもう一度読み返して新たな伏線を探すもよし、漫画版を開いてビジュアルでの答え合わせに驚くもよし。ぜひあなただけの『太陽の塔』の結末を、脳内で盛大に妄想してみてください!
『太陽の塔』の名言【18選】と題し、腐れ大学生たちの暑苦しい名言をまとめました。特に就職氷河期を戦った世代には、めちゃくちゃ心に刺さる内容です。是非、ご一読ください。
それでは、長らくのお付き合いありがとうございました。
今回はこの辺りでスタジオにお返しします!


